「虚」と「実」の皮膜のうちに芸がある・・・・

これは有名な近松門左衛門の言葉です。

・・・・「虚」と「悟り」こそ、日本伝統文化の極点と言えます。

理解に結びつくものは、「分かるもの」すなわち「実」。

「永遠にわからないもの」・・・・

・・・これは理解できませんから「悟る」のみです。

「よい悟り」「悪い悟り」についてはしっかり研究する必要があります。

このために豊かな感性及び、
確実な芸術・哲学・宗教などの追求が重要なわけです。
いい加減なものでは社会の災いとなります。




感性のこと
 感覚を磨き、理解力を養い我々がわかることをどんどん発展させて知識を増して行くことは文明を展開することになる。

 しかし人類の認識を超え、宇宙よりも大きく、また最も微小なものよりさらに小さく、過去も未来も超越した、すなわち時間・空間・大小を超越した存在、領域などについては計り知る由もありません。

 しかし、「原因があってこそ結果がある」という基本原則を考えると、この宇宙の始まりの前に我々がわかること以外に何かがあるはずです。

 「虚」と呼ばれる「わからない偉大な存在」を否定することは出来ません。

 人類が創出した「神」のイメージ文化は人々の心のよりどころとして長年現実の世界に影響を与えてまいりました。各種の宗教が発生しそれぞれの信者は自分たちの神が最もすばらしいと主張しながら暮らしております。

 人間に役立つ宗教はすばらしいものですが、中には命を投じて神を絶対視する危険な状況に導くものもあります。幸福のための犠牲、・・・・といっても、彼我の命を軽視してゆくことはいかなるいいわけ説明をつけても基本的に人類の存在否定につながります。

 「来世が幸せである」等と思い込ませて現在の生命を軽く視ることは、現実を改善することにはつながりません。

 今後のよき人類社会のためには、現在の宗教にが充分見直すべき問題点を含んでいます。特に「一神教」/ ユダヤ、キリスト、イスラム教等には他の神の存在を認めないという危険があります。「人間の幸福のために宗教が存在する」と考えるか、「神をたたえるための手段として人間が存在する」のか、・・・・問題があります。

密教との比較研究
 インチキ宗教の見分け方として、わかりやすい方法があります。実利益を伴わない、怪奇現象を売り物として展開するものはほとんどインチキ宗教であります。

 宗教は民族や特定社会の価値観を生成しますから問題です。仏教は無神論とも言えます。つまり科学的な解説です。日本神道では「人が神である」ことも・・・・多いようです。

 2000年インドにまいりました。釈迦が亡くなられたクシナガラと生誕地ルンビニ園を訪問し「鐘の声」と思われるものを持ち帰りました。

 1988年6月には、南フランス、ピレネー山脈のふもとにあるルルドの泉を訪れたことがあります。

 昭和大仏の建立/青森、雑部密教(雑密)座禅・祈祷・修験道の体験約30年と、純粋密教(純密)加持の研究約25年。その他各宗教に深い関心をもって長年にわたり体験してまいりました。

自己紹介
 私は東京芸大邦楽科に入学し、箏を宮城道雄先生に学びました。卒業後なくなられましたので数少ない生徒というわけです。箏曲の家元に生まれた私は次男ですが、父は箏の元祖八橋検校(ケンギョウ)から13代目でしたのでその後を継いだ私は14代目に相当します。
 
このサイトで流れております音楽は、“真如”という曲です。


2006年04月01日

公開講座講演集発売される

 2005年6月4日から7月16日の土曜日毎に開催された『山陽学園大学・山陽学園短期大学公開講座』の講演集が発売されました。

 講演させていただいた『箏曲の歴史とその魅力』が5ページから18ページに掲載されております。

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出版社: 吉備人出版
ISBN: 4860691253


posted by 大月宗明 at 05:36 | 日記

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