2006年02月09日

プロフィール

photo.gif

1933      岡山市生まれ
1951〜1955 東京芸術大学邦楽科
1962      日本音楽大道派 2代宗家 襲名(初代宗家・大月忠道)
1975〜2003 日本音楽演習講師/岡山大学 兵庫・鳴門教育大学、鳥取大学他 
2002〜     NPO全国法人日本箏曲楽会(別称日本の感性21・CNC)設立 会長

東京芸術大学の事・昔は上野の音楽学校・私は芸大初期に入学/箏は宮城道雄、作曲は松本民之助・ピアノは室井摩耶子に師事。・・・・その他 略
実弟・大月玄之は東京芸大の声楽科・作曲科に8年・・・・大月兄弟で合計12年間在籍した為に音楽専門家仲間が全国に多数居ます。
NPO全国法人日本箏曲楽会の事
「日本合奏団」・・・・海外公演。 「日本の感性21 in○○」・・国内邦楽コンサート.。
「日本の集い」・・・・国内イベント


posted by 大月宗明 at 08:18 | 箏曲の歴史とその魅力

2006年01月19日

■これで「虚」を支援する・・・・


 あれがいいこれが悪いと自分の感覚で世の中の現象を見ていますが、また別の見方をすれば、全然違った判断が生まれます。
いろいろと勉強して、客観的に自分を分析出来る様になると最高によい分けです。
最も素晴らしい「客観的視点」とは・・・、と考えるとき、我々の分かる宇宙内では無くて。超宇宙「虚」に視点を置けば、最良の客観となります。客観的自己分析に取り組むときに、日本伝統の「虚」というものに向かい合えばいいということです。「虚」に対峙して、自分はこうだと決めるのが悟りですが、「虚」とは過去も未来も永遠も、時空も超越した存在です。

[これで「虚」を支援する]とつぶやけば、即刻に「虚」と一体化し、最も良い最高の悟りに到達するのだ・・・・・、と気付きました。
この悟りなら、釈迦やキリストからも絶賛も受けると思います。
悟りとは全て立派なことだと思っていると、とんでもないことになります。悪い悟りと良い悟りがありますので、良い悟りを獲得して頂きたい。これだけは覚えて置いて下さい。 

 「分からないものは存在しない・・・・・」では片付かない。
地球だとか銀河系云々は比較的には目先のことです。やがて銀河系もこの宇宙もなくなるでしょう。・・・・・と。考えても分からない、やめようという人はやめて結構です。忘れてしまうとしたら忘れてもよろしい。
これで「虚」を支援する・・・・・とつぶやいておいてください。それが悟りのすごみです。
 ここに「手向け」という尺八曲のCDがあります。日本音楽の伝統の味わいがあるのでお聞きください。
 皆さんの先祖も、全部皆さんの遺伝子とともに今此処に在るのだと思えば、自分が生きている今、自分が聴くことは、先祖に聴かせることでもあるし、子孫に聴かせることでもあります。
宇宙よりも更に広大な世界を想像し乍らこの曲をお聴きください。

皆様、伝統文化と共に、永遠に生きていただきたいと思います。
posted by 大月宗明 at 10:45 | 箏曲の歴史とその魅力

■数字と東洋の伝統的概念


尺八は1尺8寸という長さがあるから尺八という名前が付いていて、1週間が7日のように、竹の節は7つあり、穴が5つ開いておりますが、木火土金水とか五行とかいいまして、5も完成数です。
「1」 の概念には、「絶対、速い、純粋、優れている、孤独」・・・・等がありますが、
「2」 は、男・女とか、天・地とか、奇数・偶数というふうに、比較という意味や縦・横、平方等があります。
「3」 天地人・三才とか、反重力の3拍子、天は円なりという立方、空間、球体・・・・etc
「4」 縦・横・高さの三次元に時間が加わって四次元。
「5」 同じものでも生まれたときから皇太子殿下はやがて天皇陛下になる、生まれたときから長男は長男で意味付けというものがあるというので5次元となる。
「6」 5次元が1人子どもを連れて歩くのが6だというんです。
「7」 5次元が陰陽の2つを連れて歩けば7で、
「8」 5次元が3を連れて8です
「9」 5次元が4を連れて9です
「0」5が5を連れ行くことは、天皇陛下が2人となるので。国は体裁を失い、乱れ、そこで細胞分裂が起きるということで、十はゼロであるとします。
「9」が極限・極数だという概念があるので、音楽の基本の音、調子笛は、9寸の竹を鳴らしてこれを音の基本としたわけです。
尺八は空気が抜けるようになっている為に、実は9寸の竹筒の音を出すために1尺8寸にしたものです。
 この「9」を極数とし、神様を9月9日に祭ったりします。毎年9月9日には、天橋立・元伊勢に参り、天照大神様に献奏してきましたが、そのように数字の中に秘められたいろんな発想があって、伝統的な文化やしきたりも出来ています。
そういうことも併せて易学というものがあります。このごろの人は易というと占うんだと思い込んでいるけど、易経を研究する本来の意味は、身を修めるための学問で、極限においては人間がいくら考えて見てもわからないものがあるから、そこで占いという方式をとって、超宇宙のメッセージを、自分が「虚」のメッセージとして受け止めて行動しようというようなところに易占の意味があるのです。
posted by 大月宗明 at 10:45 | 箏曲の歴史とその魅力

■教育とは


今日の公開講座は、学生たちにも参考になると思うわけですが。
何のために教育があり、勉強をするか。
耕すというのがカルチャーという言葉   心を耕す
ここで聴いたら、少しでも、どうか自分の心を耕して

どうぞ、周りの人たちを慰めてあげたらいい。「やはりあの人は違うな、勉強しているだけある」ということで、周囲からもそういう良い評価が発生するでしょう。
「教育、教養というのは。周りの人に役立つ為に・・・・」、それでいいんです。真に役立っていくことは夢・目標の一つですからね。
自分のうぬぼれのための勉強であってはならないと思います

「学習とは洗濯機だ」とそういうとんでもないものを2つ並べて、これはイコールだとして考えることを「並列思考」といいます。
「逆思考」は言葉の一部を反転させて考えてみる方法です。
 
「教育は代償において成される」この代償とは、労働代償・情緒代償・経済代償の三つです。その代償を払うことによって自分自身が何かを獲得していくんだということにくれぐれもご留意ください。
安価で気楽・・・・では真の教養は身に付きません。
posted by 大月宗明 at 10:44 | 箏曲の歴史とその魅力

■国際交流のこと


おととし日本全国の市町村とオーストラリアの都市縁組40周年記念国際大会でオーストラリアへ行きましたが、、盛会でした。
また、今年十月にはパウロ2世の出身地、ポーランドやイスラムの国トルコへ行き、この曲を演奏して来ます。
posted by 大月宗明 at 10:44 | 箏曲の歴史とその魅力

三要素


 洋楽では「メロディー、リズム、ハーモニー」というのですが、日本音楽は、「笛、箏、鼓」の三要素と申します。
笛を尺八で、箏は二面で弾きます。それから、鼓というのは打楽器のことなので、鈴を鳴らし、更に皆様は、先程の「鐘の声」を鳴らし続けて居て下さい。曲名からも想像される、日本仏教的なイメージの作品、「真如」を合奏します。外国人にも好評の曲です。
posted by 大月宗明 at 10:44 | 箏曲の歴史とその魅力

■逆発想の重要性


聞こえる音と聞こえない音とがありますが、私が名付けた「マイナスサウンド」と言う聞こえない音を出す練習をすれば演技力が、すぐに向上します。
然しせっかくのヒントを受けても、あまり苦労していない人は教わったことが身に付きません。苦労を多くして来た人は、貴重な指導の一言を聞いた瞬間に会得が出来、パッと変わります。つまり苦難を乗り越えた経験により、受け取り能力が熟して来る分けです。
ヒント「逆思考」の一例・・・・・・
それは、お茶やお花、立ち居振る舞い等について、重い物を持つときは軽々と持ち、軽い物を持つたときには重いものを持つように振る舞まえば効果的です。
思う通りにやってもうまくいかないときなどに、考え方の工夫、逆発想をしてみることが、常に自分を点検しチェックしていくうえでのポイントです。これも「客観的自己分析」の要点です。
posted by 大月宗明 at 10:43 | 箏曲の歴史とその魅力

■音階・楽器と音響学


 日本の音楽、お箏という楽器は中国から伝来しました。古く2千年以上前には「琴瑟相和す」という言葉の通り、そこに展示してあります「琴」という高音の楽器と、それから「瑟」というお箏のような形をしたもっと弦数の多い25本弦のものがありました。
お箏は弦が13本在ります。キリスト教では13は、嫌われる数ですが、アジアの伝統文化としては重要な完成数であり、この13には深い意味があります。会場に古琴という楽器を展示していますが、それに貝殻で白い印が13個付いております。これは倍音列で出来ていて、
ちょうど整数倍のところで、13のポイントがあって、それにより音階がめぐりだすわけです。

 このようなことのほか偶数と奇数の連続から出てくる十二進法、例えば、1年が12カ月であったり、時間も12だったりする、このもとを探ると偶数と奇数が在ることにたどり着くというわけです。それで12進法と言う循環が出てくるのですが、音楽でも「1オクターブが12音階」です。ところが、これは正確なものではありません。ちょっとだけ誤差があり、そのわずかな誤差のことをピタゴラスコンマといいます。これは世界中、ヨーロッパでも日本でも音響学的な常識であり、純正調楽器では1オクターブが48音あります、日本でもヨーロッパでも一応12音階でピアノ等も調律してごまかして居るのです。これを平均律といいますが、正しいという意味ではなくて、適当に、いいかげんに緩め合って融通を付けだという状態をつくったものが平均律なのです。

純正律音階というのは正確な和音音階の事で、箏や和楽器や声楽等は純正調の世界です。

音響学の専門的なことを言いましたが、最近シンセサイザーという楽器ができ、どんな音色でも出るようになっています。これは、音響学の中で、あらゆる音色が倍音の合成で出来るということが分かって開発されたわけです。
posted by 大月宗明 at 10:42 | 箏曲の歴史とその魅力

■考え方について


逆思考の必要があります、例えば、伝統とは昔通りやることだと思っている人が多いのですけど、逆なのです。「伝統とは時代と共に変化するもの」なのです。変わらなかったら続きません。続かなかったら伝統にならない。日常生活に使えるように実用性も持って、感動性も持って、しかしそれは時代とともに変化しながら、残っていくものです。だから、昔通りのみにこだわっていると、どんどん滅びていきます。でも、昔通りが全部悪い分けじゃないのです。ある部分においてはそれを保ち続けて、そして変えられる部分はどんどん変えて、それがうまくバランスが取れたものだけが伝統となり得る。伝統は変わってこそ伝統です。その変化することを仏教語で「諸行無常」といいます、これは何かあきらめて悟る事だと思うならとんでもない。すべては変化することで生き残り続いてゆくものだということを「諸行無常」の言葉で説明しています。

【演奏「六段の調」】
ここで古典曲「六段」を演奏します。聞こえる音と聞こえない音の音楽鑑賞体験をして見てください。聞こえない音も感じるのが芸術といってもおかしくはありません。

 ちなみに岡山や福山が現代の筝製造の全国中心地であり、これから演奏するこの箏が世界最高の楽器だと思ってお聞きください。
posted by 大月宗明 at 10:41 | 箏曲の歴史とその魅力

■生き甲斐について


 「食が変われば心が変わる」つまり、食の変化で心・気が変わる。「心が変われば態度が変わる。態度が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる」と。人格が変われば人生が変わるというふうに、非常に分かりやすい。とにかく、健康でなくてはどうしようもないということです。

夢がなければ目標がないわけで、目標がなければ計画が立たない、計画がなかったら行動はない。行動がなければ成果が上がらない、成果がなかったら自信がない。自信のない人に夢はないそうです。この様なことはすべて生き甲斐とか充実とか若さを保つ、生命力を保つということに密接に関わってくるでしょう。
posted by 大月宗明 at 10:41 | 箏曲の歴史とその魅力

■若さを保つコツは「カキクケコ」


カキクケコも吉備真備が持って帰ったアイウエオの一部で、いろいろと使い道があるということに気付きます。

「カ」は「感動」・・・・感動してもらえば皆さんに若返ってもらえる。
「キ」は「興味を持つ」こと。興味を持たせるにはテクニックが必要です。
先ず「独創性」・・・・ここだけにしかないという事。
二つ目は「感動性」、三つ目に「意外性」です。関心や興味を誘うために意外性、感動性、独創性、が必要です。
「ク」は「工夫」です。
「ケ」は「健康」。この健康というのは、食事から自分の人生が変わってきますから、食事には気を付けてください。
出来るだけ長く元気で生きていようと思いますと、食事の常識には気を付けたほうがいいです。

「コ」は心 ? ・・・・ 省略。
posted by 大月宗明 at 10:40 | 箏曲の歴史とその魅力

■音名「イロハニホヘト」と「宇為」


 太平洋戦争中にはドレミ唱法が禁止されたのです。敵性国家の言葉だということで、ヨーロッパの言葉は全部禁止なのです。ABCも駄目でした。従って、イの音とかハ音とか、今でもハ長調、ト長調というのはご存じでしょうが、あれが、イロハニホヘトです。ところが、日本が戦争に負けた途端に、全部イロハニホヘトが教科書から消えました。アイウエオになったんです。このアイウエオは吉備真備が中国から持って帰った文化ですが、イロハとアイウエオはちょっと訳が違う。いわゆるデジタルなシステムがアイウエオです。イロハは「色は匂へど散りぬるを・・・・」という教えと諭しの歌で、一種の芸術文学作品なのです。そのイロハニホヘトが教科書から全部消えて、昨日までは敵だ味方だといっていたのに、突然ドレミファになる。学校の先生達も秒単位で手のひらを返す様に、それほど世間は急激に変わるものだな・・・「世の中が変わる、とはこういうことなのか」としみじみ思いました。「諸行無常」、変化こそが世の姿だということを、少年時代に思い知ったわけです。

 そこで、イロハニホヘトの唄は「有為の奥山今日越えて」に続きますが、私がこだわったのは、「うい」は「有る為」という字ではなく「宇為」と書くべき・・・・、人の想いでやった仕事は人為的と称し、宇宙に意思があって超宇宙からの何かプログラム・メッセージを受けてやらされている、と悟れば「うい」は宇宙の「宇」を書くのが良いと考えるわけです。
いずれにしても、仏教の影響についてはいろいろ研究しておりましたので、4〜5年前、インドへ行きましたとき、先ずお釈迦様が亡くなった所クシナガラへ行き、続いてインドの北方ネパールにお釈迦様の生まれた場所ルンビニ園があるのですが、そこへ行き菩提樹の下で夕刻に瞑想を致しました。その帰りに、今、皆さんに回している鐘を見つけました。
お土産で鐘を買って帰る日本人はいるんですが。私は音楽家なので鐘の鳴らし方を聞かねばならぬと思って、その鐘を鳴らして下さいと店の人に言いました。棒を回したらワンワン鳴り出しました。
「祇園精舎の鐘の声」という言葉は昔から聞いていましたが、こういう音だったのだ・・・・と気づいて驚きました。
只今、皆さんに「祇園精舎の鐘の声」を体験していただいて居ります。しかし、これは数千年も前から、仏教ができる前からやっていた事の様です。そしてこの「鐘の声」を鳴らしながら瞑想を行い乍ら、そこから仏教も生まれて来たのでしょうか・・・・・。
posted by 大月宗明 at 10:40 | 箏曲の歴史とその魅力

■見えない色、聞こえない音、・・・と「道」

 柔道でも柔術、武道でも武術、お茶でもお花でも、テクニックなら「術」でいいわけです。それに「道」という字を付けて、茶道・華道・柔道、と皆「道」を付ける。これはどういうことかと、私は「道」に非常に引かれました。

 我が家が大道派というぐらいですから、「道」にはこだわらざるを得ないのですが、これは教育的な意味とか、気付きを生むための意味付けと関係があるのでしょう。

音楽だから音を出すテクニックの研究だけが問題というのであればこれは音術です。ではなくて、音楽を体験しながら、聞こえる音も聞くし、聞こえない超音波の音も観ずるべし、というところに気が付いて、生きたり死んだり、出会ったり離れたりという人生の意味にも、深まりがつけばいいんだろうと、そのようなことを指導内容に付加して説明を始めるときに「道」という字を付けるのかなと思い至りました。
posted by 大月宗明 at 10:39 | 箏曲の歴史とその魅力

■宗教と芸術

 私が学生時代に「家元というのは直接教えない事も多い、・・・・しかし傘下の会員に一定の影響責任を持つとしたら、流派の指導責任者はどうあるべきか?}・・・・と、しみじみ考えました。

 おかげが欲しくて神様や仏様を拝むというのは下手な取り組みだと思います。この現世利益への短絡こそが大間違いのもとなのだ、という事が、最近までなかなか分かりませんでした。


 神様や仏様はおかげをもらう所ではないということをまず肝に銘じましょう。

 今一部に、宗教的な色彩も含めて世界中で戦争やテロが横行しておりますが、どの宗教も心の目を開くための入り口としてはいい役割を演じます。宗教は目に見えないものに気付かせてくれるということはいい効果はありますが、神のおかげであるとか、自爆テロをしたら天国へ行けるだとか、これは大問題でしょう。

 なぜこんな宗教の話をするのかといいますと、日本の伝統文化の中には、どうしても仏教や神道にかかわる部分があります。そこで、大本教の出口王仁三郎が、「芸術は宗教の母である」と言っているのです。なるほどこれが妥当かな・・・・という感じが致しています。


 私はパリで開催された、第1回世界芸術家会議に参加しました。そのときのパネラーに、「音楽や演劇等各ジャンルの芸術家が一堂に会して会議をするのに、互いに自分の主張だけをしても意味をなさない。互いに客観的自己分析の手法を弁えて協議すれば実りがあるだろう」・・・・と言われ、私はそのとき初めて「『客観的自己分析』(自主的な反省力という意味)をしっかり考えてやれば、多様な芸術家同士の出会い、あるいは異業種交流の会議でも実りがあるだろう」ということを知り、なるほど・・・と思いました。
posted by 大月宗明 at 10:39 | 箏曲の歴史とその魅力

■21世紀は「哲学」を売る時代・・・「虚」と「実」

 私の父は15歳のとき失明しました。そこから始まった縁で、私は現在お箏をやっています。この様に「運命の流れと如何に向き合うか」

 出会いとか運命は、深く考えればきりもないが、「虚と対峙して大諦観を探求する」、この様なことについて、日本には独特とも言える伝統的な取り組み方があります。それは、これでよかったのか悪かったか、のみではなく、今日・現況は、全てその過去と歴史の影響・連続・経過の内にあるということ、「虚」と「悟り」の関連に気付く事なのです。

 何のために人間に生まれたか・・・・死ぬものと決まっている。

 しかし今、生きている・・・・、 
「人類の良心」・・・・・とは何か。
「永遠・無限大宇宙の中で今の瞬間を自分は如何様に生きるのか・・」を探求する、この主体性確立と理想の追求、そして
人々は「客観的自己分析」の徹底追及に取り組むことを日常心がけることこそ現在の最重要事項なのです。

 この様な趣旨もあり私は日常も、演奏中もまっしぐらで「虚に」対峙しています。 

 近松門左衛門は「芸とは「虚」と「実」の皮膜の内にある」と言っています。その中の「虚」についての取り組みが、今日おろそかにされているのではないかと思います。


 超音波など今日では常識ですが、音楽を演奏・鑑賞するときにも、聞こえる音波と、聞こえない音波があります、聞こえない音は無音として片付けける人も居ますが、聞こえるだけが音ではありません。聞こえない音もあります。それと同じく、見える色もあれば見えない色もある。・・・・光速より早く遠離る星は見えません。当然見えない色もあるわけです。
posted by 大月宗明 at 10:38 | 箏曲の歴史とその魅力

■岡山の文化交流

 私が演奏しているこの「箏」は「箏(そう)のコト」と申します。それに対して、「琴」は、その入り口に展示してあるのが「琴(きん)のコト」です。琴のコトと箏のコトは我が国では「こと」として混同視されていますが本来別物なのです。

 これを日本へ伝えたのは岡山出身の吉備真備であろうと思われます。

 
 奈良に元興寺という飛鳥寺を移築した我が国最古のお寺があります。此処で私は毎年8月24日に公演していますが、岡山と奈良の都造りにはとっても深い特別な関係がある事に気付きました

 日本の国「大和朝廷」の成立段階に於いて、実は古来鉄を産し、中国文化の伝承も早く「中国地方」と呼ばれる様なこの地方、「吉備の国」の影響は大きかったと思われます。従って、今は国道2号線といわれている山陽道、これは海に近いので「浜道」という名前もありますが、古来より日本文化のメイン道路で、先進的な文化の道として「大道」と称されていた、と故、大熊立治林原美術館長さんが言っておられました。

 「日本音楽大道派」という名称の箏曲流派を実父「大月忠道」が創立しそれを私が継承して参りましたが、これは父の名前の上と下を取って大道派にしたものと思うのですが、そうではなく。日本伝統の音楽を義務教育の中に取り入れ世界最高の音楽教育レベルを実現しようとして、 [全国的に五線楽譜で「箏」を弾ける様にする]・・・・・という運動を起こし、岡山からスタートしたので、「日本音楽大道派」という名前を付けたのかもしれません。
 
 ところで、当地「備前」は江戸時代に、池田藩が音曲禁止令を敷いたために、音楽とか歌舞は止められました。だから、遊ぶ人は皆んな吉備津に行きました。あそこは備中ですから、吉備津が非常に栄えたわけです。それから、倉敷も備中ですから、私の父がお箏を習ったのも倉敷の船穂という所です。

 備前での音楽禁止令は明治維新に廃止されたために、岡山ではちょっと特殊な文化形態が発生しました。「解禁された」ということで、そうそうたる専門のプロが乗り込んできて、京橋の周りに居を構えて教室を開きました。この備前ではいきなり最初から当時の日本最高レベルの指導者による邦楽文化が、京橋を中心に広がっていきました。

 明治初期、「西山徳茂一」、あるいは「太宰勝之一」等も京橋の周りに開軒しました。船穂の「齋藤芳之都」で修行した私の父大月忠道も大正時代にやはり京橋の近くで教室を開きました。

 西山徳茂都(トクモイチ・トクモイツ・・イツ・イチは盲人の称名)は里庄のあたりで生まれて大阪で修行した三味線と箏の名人で、彼の三味線免許状の巻物写しをそこへ展示しておりますが、「秋の言の葉」と言う全国的に有名な作曲もあります。次に葛原検校で修行した太宰勝之一は、数字等を用いた楽譜で、一般の生徒用にお箏の組歌の教授用文字楽譜を日本で最初に出版しております。

 山陽学園は古い学校で、開校初期の通学生は、牛窓、倉敷あるいは玉島等から、船に乗って通学していました。鉄道が通じないうちは、瀬戸内海等から人が参集する京橋が岡山の文化中心で、つまり現在の東京駅前や岡山駅前のように、京橋が文物流通の拠点でした。
posted by 大月宗明 at 10:37 | 箏曲の歴史とその魅力

2005年度山陽学園大学・山陽学園短期大学公開講座

 岡山大学始め近隣の大学で、日本音楽演習、日本音楽特講等という講座で、約30年間、日本音楽の理論や実技の指導をして参りました。

 音楽音響学や、洋楽・邦楽の専門理論は研究していますが、日本各地や海外での邦楽公演とか和楽器の実技指導を主にやってまいりましたので、説明中に、芸術家特有の個性と主観的なことを申し上げることが多いかもしれません。 私は東京芸術大学の音楽学部邦楽科で学びました。昔は「東京上野音楽学校」といっていた学校ですが、東京芸術大学に変わって後、私が岡山県で最初の入学生だと思います。(以下略・・・プロフィール参照) 

 最近、NPO全国法人「日本箏曲楽会」を設立しまして、岡山に本部を置きました。別名を「日本の感性21」と称し、全国活動をして今年で4年目でございます。また「日本合奏団」を編成し海外公演も致します学校教育・体験学習や国際交流、街おこし活動等を、CNC(カルチャー ナビゲイション センター)の名称で行い、日本の民族伝統文化あるいは世界中の民族伝統文化が互いに交流し、人類平和共存の為に役立つ事を推進する活動を 私のライフワークとして目指しています。

 身近なところで実物の日本文化を体感できる活動「日本の集い」も全国各地で実施しています。これは、お抹茶をたて、琵琶や尺八・箏などの演奏を鑑賞する企画で、日本的な作法や哲学のレクチャー等も交えますが、今春も京都と岡山・倉敷等の会員協力で、白拍子の舞や、和装着物等も参加し「日本の集いin倉敷・in岡山・in津山」を開催しました。
 
 今日は、古曲「六段の調」と、尺八・箏の合奏曲「春の海」、及び自作曲「真如」等の演奏を用意していますが、演奏をはさんで話を進めて行こうと思います。

 そして、先ほどからインドの「鐘の声」を巡回(※講演中に実物を回覧)させていただいておりますが、適宜その鳴らし方を練習してください。後ほどその「鐘の声」と一緒に「真如」の演奏もしたいと思います


 先ず私が芸大で直接教わった宮城道雄先生の作品「春の海」を演奏します。尺八は若山惺山さんにお願いしたいと思います。
 
【演奏「春の海」】
 「春の海」はお正月によく演奏される有名な曲です。
posted by 大月宗明 at 10:36 | 箏曲の歴史とその魅力

箏曲の歴史とその魅力

箏曲の歴史とその魅力

箏演者 大月 宗明

 伝統は時代と共に変化するもの。
報酬的結合から同志的結合の時代へ
物・知識を売る時代から哲学を売る時代への移行
芸術は宗教の母である・・・・・・・(出口王仁三郎)
芸は「虚」と「実」の皮膜のうちに在り・・(近松門左衛門)
 人類の良心・・・・(友常貴仁)。  
日本伝統文化の真髄は、「虚」と悟り・・・(虚と実について) 
客観的自己分析の重要性
これで「虚」を支援する・・・・・(大月宗明) 

逆思考の勧め。
豊かさの三基準。・・・・・・(ブルデュウ)。
イベント成功の為の三原則。


■岡山の文化交流
■21世紀は「哲学」を売る時代・・・「虚」と「実」
■宗教と芸術
■見えない色、聞こえない音、・・・と「道」
■音名「イロハニホヘト」と「宇為」
■若さを保つコツは「カキクケコ」
■生き甲斐について
■考え方について
■音階・楽器と音響学
■逆発想の重要性
■国際交流のこと
■教育とは
■数字と東洋の伝統的概念
■これで「虚」を支援する・・・・
posted by 大月宗明 at 10:31 | 箏曲の歴史とその魅力

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。